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町長室へようこそ

印刷用ページを表示する 掲載日:2020年7月30日更新

7月 町長あいさつ

 早いものでもう7月です。梅雨の末期は雨が荒れることが多いです。週末は雨の予報なので十分注意をし、早めの判断をしてください。

 今月は米や稲についての話をします。私の家は元々農家で現在も農業をしています。「稲本」という名字のため、稲に関わることをしないとご先祖様に申し訳ないという思いもあり、稲作をしています。この歳になると毎朝5時過ぎには目が覚めてしまうので、外に出て家の周りの畑や田んぼを見たりします。近所の人は既に柿の消毒をしています。隣の人も草を刈ったりしていますが、私と少し話をすることもあります。毎朝、田んぼを見ていると稲が日々変化しており、まるで子どもの成長を見ているかのようです。また朝靄がかかっており、しばらくすると朝日が昇って隙間から日が差し込んでくる。なんとも言えない景色です。私はこういう農村の景観が大好きです。この景観をどんな人たちが維持していくのか考えることもあります。私も体が続く限り少しでも農業に関わることをし、苦労して田んぼを作ってくれた父母に少しでも報いたいと思っています。

 日本に稲の文化が伝わったのは縄文時代といわれています。どこから伝わったのかは、はっきりしていません。一説によると、中国の北の人たちと南の人たちが戦争を始め、元々稲作文化だった南の人たちが負け、そこから流れて日本へ伝わったのではないかといわれています。また、北の戦争に勝った人たちが米を持って日本に伝わった説もあります。諸説ありますが、発芽させる必要があるため、気温などが影響することを考えると南の人たちから伝来してきた説が正しいのではないかと思います。米は多くの人々の胃袋を満たす大事な食料です。また保存することができる食べ物でもあります。野菜は長期的に保存ができないため、米のすごさを感じます。皆さんは米の花を見たことがありますか。あまり目にしないかもしれませんが、小さく美しい花が出穂時に咲きます。畔を歩きながらこの花を見るのが大好きです。そして秋の刈り入れの頃になると赤トンボが飛ぶようになり、稲の害虫を食べてくれます。

 コロナ禍の中で、都市と農村がどのような関係を結べばいいのか改めて様々なところで議論されています。私の家では稲刈りの頃になると都会から友達が訪れます。機械がほとんどやるため、あまり手伝ってもらうことはないのですが、多い時には20人ほどで賑やかに作業をしてくれます。友達の一人は「この人たちの一番の楽しみは自然の中で非日常を味わえること。それが新たに生きていく力や勇気を注ぎこんでくれるのではないか。東京のようにゴタゴタしてない空気感が人間生きていく上では大事なのではないか。」と言います。そう思うのは東京に住んでいるからで、私たちのような田舎に住んでいる人は、たまに都会に行くことが楽しみに感じると思います。このようにお互いに無いものを求め合う関係が必要だと思っています。この関係を続けるには、農山村が豊かで価値があるものをどう維持し続けていくか、都会の人たちとどう連携していくか、農業にどう関わってもらうのかを考えることがとても大切になってきます。コロナ禍の今だからこそ、次の社会や人間関係の在り様を考えていくいいチャンスだと思ってます。東京に行かなくてもリモートで会議はできますが、それで全て解決できるとは思っていません。やむを得ないときにはテレビ会議も大事な手段ですが、やはり会って一緒に食事をしたり、酒を飲んだりしながら話すことで人間関係は出来上がっていくと感じています。

 職員の皆さんにお願いがあります。ぜひ、田んぼをつくってください。余ってる田んぼはあると思うので、地域の人に教えてもらって、少しでも農業と関わる職員が増えてほしいです。耕作放棄地の解消にもなるし、農業が面白いことを感じられると思います。また、子どもたちにも農業を体験させてほしいです。

 今日は田んぼの話、そして農山村と都市の関係について話をしました。梅雨の末期ですので、皆さん気を付けてください。

令和2年7月3日