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移住者インタビュー(久保薫さん)

印刷用ページを表示する 更新日:2026年6月30日更新

「自分のやりたいことをしようと思ったらここに来てました」久保 薫さん(令和5年・内子町へJターン)

トプ画

 

◎内子町五十崎地区で和紙職人として働く

 

2023年から内子町五十崎地区にある「株式会社天神産紙工場」(以下:天神産紙工場)で働いています。働き始めてあっという間に4年目になりました。今のメインの仕事は漉いた和紙の乾燥作業ですが、その時その時で担当する仕事が変わるため、ハガキサイズの和紙やそれよりも大きいサイズの和紙を漉くこともあります。

 

和紙の乾燥作業は経験を積んだ今でもとても難しいです。漉いて重なった和紙を1枚ずつ乾燥台に貼り付けて乾燥するのですが、重なった和紙を1枚ずつ剥がす瞬間がとくに難しい。その日の気温や湿気で乾燥作業は大きく変わるので見極めが大変です。ただ、私は黙々と1つのことを突き詰めることが性に合っているので難しいながらも品質を上げるために日々頑張っています。

しかも職場には20代、30代と年齢の近い職人さんも多いので、コミュニケーションが取りやすいのが嬉しいです。

 

参考:株式会社天神産紙工場 https://tenjinsanshi.wixsite.com/uchiko<外部リンク>

参考:ギルティング体験(株式会社五十崎社中) https://www.we-love-uchiko.jp/activity/gilding/<外部リンク>

 

久保さんお店外観

 

◎天神産紙で働くまでの経緯

 

元々は愛媛県宇和島市の出身で、大学時代にはものづくりの勉強をしたいと思い京都府の大学に進学しました。授業では伝統工芸に触れる機会があり、卒業論文の取材では京都の蝋燭、独楽、真田紐、団扇などさまざまな工房を巡り勉強させてもらいました。

京都の職人さんたちと交流して感じたのが「1つのことを突き詰めたり極めたりすることの格好良さ」です。そんな職人さんたちに格好良さと憧れを抱いていたので、現在そのような仕事ができていてとても嬉しいです。

 

久保さん

 

卒業後は地元の愛媛が好きなので愛媛に戻って働きたいと思い愛媛の会社で就職をしました。その会社で3年ほど働いて退職したのですが、退職後の期間に「自分のしたいことって何だろう」とゆっくり考えることにしました。そんなことを考えている時に、内子町五十崎地区にある天神産紙工場のInstagramで求人募集をしているのをたまたま見かけ、さっそく連絡をしました。そこから天神産紙工場の見学をさせてもらい、面接をして働くこととなりました。

 

働き出して1年くらいは当時住んでいた松山市から通っていたのですが、やっぱり職場から近い方が良い!となり物件探しを始めました。内子町移住コーディネーターに相談したり、内子町・大洲市の不動産会社に問い合わせたりなどして物件を決めました。いろいろ候補はありましたが、利便性の良さで不動産会社に紹介していただいた内子町の物件に決めました。

 

久保さん

 

◎内子町の印象

 

大学を卒業し社会人1年目の休日に町並散策をしたりドイツ料理屋さんに食べに行ったりしたのですが、印象がとても良かったのを覚えています。実際に住んでみても、利便性が良く、買い物も事足りていて、とても住みやすいと感じています。私は南予出身なのもあり、のんびり穏やかなところも自分に合っていると思います。車を使って松山市や松前町へ買い物をすることもありますが、JRを使って移動をすることもあります。

 

あと、お祭りやイベントがたくさんあるのも嬉しいです。特に五十崎地区の「いかざき大凧合戦」はお客さんもとても多いし百畳凧や合戦凧の迫力に驚きました。私たちが作った和紙も使用されているので、そこに携われていることが、より仕事の充実感や楽しさにもなっています。

 

◎まとめ

 

私は内子町に住みたい!という気持ちよりも、したい仕事がたまたまあり移住をしたタイプなので参考になるか分かりませんが、「自分のやりたいことをしようと思う気持ち」が私を動かして今ここに来ています。やりたいことをゆっくりと考えた時間が、内子町でやりたい仕事をしている今に繋がってよかったです。

 

久保さん

 

取材・編集・撮影:内子町移住コーディネーター 水本 誠時

取材日:2026年6月4日

 

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