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町長室へようこそ

印刷用ページを表示する 掲載日:2019年3月7日更新

3月 町長あいさつ

 3月1日付けで内子町観光協会事務局長に仙台晃久氏が着任しました。先日、私のところにもあいさつに来ていただきました。最前線に立ち、内子町の観光を引っ張っていける存在だと感じました。さまざまな課題はありますが、住民や行政とタッグを組むことで、観光政策を進めてもらいたいと思います。松山空港には現在、チェジュ航空が仁川(韓国ソウル)と、中国東方航空が上海浦東(中国)との間で就航しています。また、8月にはエバー航空が台北(台湾)間で就航する予定です。道後温泉や松山城、大街道などの観光地には中国人や韓国人の旅行者がたくさん訪れています。その波を内子町にも引っ張ってくる――。内子町は歴史や伝統、文化が豊かな町です。果物がおいしくて、住民が優しい。とてもポテンシャルの高い町です。自分たちがその価値をどのように磨き上げるか、売り出していくかが重要です。仙台氏のこれからのご活躍に期待しています。

 年度末になり、私もいろいろなところに呼んでいただく機会があります。昨日は大瀬で敬老会が、寺村では「歌と踊りの発表会」が行われました。敬老会に行っておじいちゃん、おばあちゃんと話をさせていただき、寺村の皆さんに昭和時代の歌や踊りを披露していただいて、主に昭和を過ごしてきたアナログな私にとっても、和みの時間となりました。昭和の時代、戦前の時代から積み上げてきた歴史や伝統、文化がそれぞれの地域にあります。それは地域住民が今日よりも明日、明日よりも明後日、今年よりも来年というような努力の成果です。それはまさに地域づくりと言えます。

 私が役場職員時代のことです。みんなが給料から資金を出し合って、全国の地域づくりやまちづくりの先進地視察を行っていました。北海道池田町、福島県飯館村、大分県の湯布院、鹿児島県川内市(現:薩摩川内市)、沖縄県読谷村と石垣島……。いろいろな場所に出掛けて行きました。旧内子町時代は自治会制度を学ぶため宮崎県綾町に、全職員や自治会の皆さんと何度も訪れました。公民館の分館制度を変えて地域の課題に真剣に向き合う姿勢から、学ぶべきものはたくさんあるだろうと、視察先に決めました。外国にも出掛けたことがありました。多様化した現代社会で価値観は大きく揺れています。しかしこの町の価値を見定め、それをどのように磨いてくのかは将来にわたってぶれてはいけません。綾町には10年ほど通い続けました。今、課題を抱えながら先進地視察を続けている地域がたくさんあると思います。「自分たちの地域に合う取り組みはこれだ」という事例を定めたら、少なくとも10年間は通い続けてください。思うように進まない場合は、もう一回行ってみる。その繰り返しで頑張ってほしいと思います。そうでなければ本物になりません。湯布院の皆さんからもたくさんのことを教えていただきました。そして今でも教えていただくことがあります。

 前大分県知事の故平松守彦(もりひこ)氏は「豊の国づくり塾」を立ち上げ、「一村一品運動」を提唱し、この運動は世界に広がりました。一つの村一つの町が、なんでもいいから一つ名物を作る。それを核に全国に打って出ようという勉強会でした。内子町からも大勢が参加していました。しかしそのように地域の中だけ、町の中だけでいろんなものが出来上がる時代ではなくなってきました。自分たちの足りない部分は外の人たちからどんどん借りればいいのです。そして一緒になって価値を磨いていくというスタンスを、私たちは選択する必要があります。行政だけで対応することは難しい時代です。外の人たちの力やアイデアを借りる。そしてしっかりと地域につないであげる。自分たちも汗をかいて知恵を出していく。役場の中だけが仕事場ではありません。地域の中にこの町の未来や課題、夢、希望があります。職員の皆さんもそういった心構えで、それぞれの地域の未来を信じて、どんな人とつながればいいのか、どんな勉強をすればいいのか、町や地域の発展のために汗をかいてほしいと思います。

 これからもっと外国人に頼らなくてはならない時代が来るかもしれません。これは内子町だけではありません。日本全体の問題です。日本は1100兆円ほどの借金を抱えており、今のままでは子どもたちが将来抱える借金がさらに膨らみます。負の遺産をこのまま残すわけにはいかないでしょう。いくらAIの技術が進んでも、人材確保に努めなければならない時代なのです。新しい時代の中で、職員としての在り方や地域の在り方を、町民の皆さんと共に考えていきたいと思います。

 3月は議会の他、催しも多いと思います。体調が変化する季節でもありますので、どうぞ体をいたわりながら、年度末さらには新年度に備えてほしいと思います。