ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
トップページ > 町長室へようこそ > 平成27年7月 町長あいさつ

平成27年7月 町長あいさつ

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年7月9日更新

7月のごあいさつ

 皆さん、おはようございます。

 天気予報を見てみますと、台風が2つ3つ発生しております。この影響で梅雨前線が押し上がれば梅雨が抜けるのかなと思いますが、その影響で大雨になる確率が非常に高くなりますので、災害が発生しなければいいなと思っています。職員の皆さん、職務ももちろん大事ですが、自分の住んでいる地域を見回してみて下さい。災害に対しては早めの対応がとても大事ですから、地域の中で声を掛け合い、被害が大きくならないように万全を期していただきたい、地域でそういう役割を果たしていただきたいと思います。昔は、私の家庭もそうでしたが、先人たちは、雨が降れば地域がどんな状況になるのかということを、実によく分かっていました。台風が来る前には、あの溝をきちんと点検しなければならない、この場所はいつも気をつけなければならないなど、地域の実情をよく分かっていました。そんな先人たちの知恵が、いまの若い人たちにきちんと受け継がれているかというと決してそうではありません。消防や自主防災組織の皆さんも含めて、地域の実情をうまくつなげていくことが大事だと痛感しております。

 さて、広報うちこ7月号で、森山未來さん、エラ・ホチルドさん、吉井盛悟さんの3人を取り上げた記事が掲載されました。私も、森山さんや吉井さんたちと食事をしながらゆっくり話す機会がありました。家内は、森山さんのことをよく知っていましたが、私はあまり存じ上げませんでした。「ALWAYS三丁目の夕日」という映画に医者役で出演していたと家内から聞き、そういえば出ていたなと思い出しました。実際にお会いしてみると、やはりダンサーだからでしょうか、筋肉の付き方が我々とは違うなと感じました。それと同時に、森山さんも吉井さんもそうですが、非常に礼節をわきまえていらっしゃるという印象を受けました。もちろん、挨拶などいろいろなものを含めての話ですが、人間と人間の距離感といいますか、空気感が実によく、爽やかだなという印象を持ちました。森山さんはこう言っておられました。「東京はすばらしい都会だが、自分のモチベーションを上げ、芸術性や舞台を更にステップアップさせていくためには、いろいろな空気を入れ込まなければいけないんだ」と。そういう意味で、内子座は非常に魅力的な建物だという話をしていただきました。内子座は、来年の2月に100周年を控えているわけですが、更に次の100年というものをしっかりと見据え、日本国内だけでなく、世界からお客様をお迎えできるような芝居小屋にするという目標を持って取り組んでいきたいなと思っております。

 何よりも私は、若い皆さん方の人間的な部分に本当に魅了されました。テレビや舞台に出る方たちに対しては、私たちはなかなか声も掛けられないし、生きている世界が違いますから、フレンドリーにはなれないと思いがちです。しかし、竹下景子さんや宇崎竜童さんもそうですが、非常に心が温かいといいますか、そういうものを感じました。今から約30年前、昭和60年当時の内子座の改修の際、内子座をどういう風に使っていけばいいのだろうか、本物をきちんと見たい、自分たちで関わっていきたいという思いで、一つの会が生まれました。役場職員数名と民間の方たちの10人余りの会だったと思います。私もその一員でした。その時に桂米朝師匠をお迎えして落語会を行いました。終わった後の打ち上げで、こんな事がありました。もうお亡くなりになられましたが、大西さんという、その当時内子座の小屋番をしてくださっていた方がいらっしゃいました。その方は、いつも楽屋だけでなく、舞台や花道まで丁寧に雑巾掛けをされておられました。私たちは、いつも頭が下がる思いで大西さんの姿を見ていましたが、そんな小屋で本当にいい落語ができたと、米朝師匠はきちんと手をついて大西さんに頭を下げられました。米朝師匠はご存じのように人間国宝にもなられた方ですが、小屋を守っている人に対して深々と頭を下げられるあの姿勢に本当に感動しました。一流の人たちは、心が温かく人間の距離感というものをわきまえていらっしゃいます。芸を極めていくということは、人間も極めていく、熟成させる、成長させる、そういうことにもつながっていくものだなと感じたわけでございます。

 職員の皆さん方は、公務として町民の皆さんのために体を張って仕事をしていただいております。仕事を通じてすばらしい町をつくっていくということは当然ですけれども、どうぞ皆さん、自分自身も高めていくということを普段の努力と合わせてやっていこうではありませんか。